ヒビノクラシヲ

日々の暮らしを綴ります

捨てたソレは本当に捨てて良かったのか。気持ちの折合いの付け方

こんにちは サワミです。


物を減らし、物を整え、暮らしを見直し、丁寧に生きる

最近そんな事を思いながら断捨離を進めている私ですが、一度家に入り込んだものを処分するのはなかなかの労力がいります。
そんな中でも素敵に暮らしている方もいて、ミニマリストとまでは言わないけど私も断捨離のその先にあるものを見てみたい。

しかし物を処分していると、それが本当に良かったのか分からなくなる時もあり、今日はそんな個人的なお話です。

断捨離を始めた時の話

私のなんとなくの感覚ですが、【断捨離】と言う言葉が出回る前は【収納】に着目した片付け方法が多かった様に思います。もちろん【捨てる】と言う片付け方法もあったでしょうが。。
断捨離の言葉を初めて耳にした時は衝撃が走り、私自身も家の中をシンプルにすべく、どんどん物を減らしていきました。

ブームと言いますか世間的に流行った時に私も便乗していたのですが、ただ2点だけ捨てた事に対してひっかかる物があります。

『捨てなくても良かったのでは?』
『残す事に意味があったのでは?』
時々思い出しては、そしてまた納得し直しています。

何を捨てたのか

1点目【トロフィー】

以前の会社の社内コンクールで優勝した時のトロフィーです。(美容業界に努めています)
それ以外にも、5位だか6位だか?賞を貰った事があり、3つトロフィーや賞状を持っていました。
なんと、優勝した時には全国大会にも出場したのです。その時の盾などもありました。

いわゆる過去の栄光ですね。

2点目【ギター】

ある日の事ですが、元夫が会社の同僚が使わなくなったアコースティックギターを貰い、持ち帰ってきました。私は勿論の事、彼もギターなんて弾けません(昔エレキギターを所有していた様ですが)
2人とも弾けないのに、です。
持ち帰ってきたんです。

正直ゴミを持ち帰ってきた!そんな事思ったのを覚えています。

捨てた理由

トロフィー
結婚し子供も産まれ、業界を離れその栄光のトロフィー達はずーーーっと押入に眠っていました。
私も婚姻時は業界に戻るつもりもなく、トロフィー以外の仕事道具も全て押入に入ったまま。

とにかく場所を取って仕方ありませんでした。
ローンなり家賃なりお金を払って住んでいるのに、今必要無いものに対してスペースを取り、場所代を払っている感覚にだんだん捨てたい気持ちが沸いてきていました。

過去の栄光は過去の事だし、その事実を私自身が知っている。飾るわけでもなく証拠として残っている様なもの。捨ててもいいのでは?と気持ちが高まり、しかも大きな物を処分する事が大きな変化に繋がるとも思ったのです。

そんなわけでクリーンセンターへ行き処分しました。売れる物でも無かったので、【捨てる】と言う選択しかなかったのです。


ギター
ケースに入っていたので、部屋の隅に飾ってありました。とりあえずは、存在感があるので飾って見せると言う感じでインテリアとして置いてありました。

子供が大きくなったら使えるしくらいの感覚の元夫と、どうにもそのギターの存在が気に入らない私。
インテリアとして変ではなかったけど、邪魔という感覚が拭えなかったのです。

元夫は趣味が多くて、本や雑誌やマンガやCDなども大量に所有していました。
私の断捨離に少し付き合ってくれたりもしたので、一度整理がてら、本当にいらない雑誌等の処分とギターも使わないなら処分しないか?と言う提案を。

結果『いいよ』との返事だったので、このギターも処分しました。

この気持ちは後悔なのか?

しかしですね。
上記の2点に関しては、思い出すとすこしモヤモヤするのです。

トロフィーは過去の栄光と言えど頑張った証ですし、二度と手に入る物ではありません。
そりゃ、トロフィーそのもの買えば手に入りますが、その時貰ったそのトロフィーはコンクールで名前を呼ばれた時の興奮や、頑張ってやってきた事に対する気持ちも沢山詰まった物です。
思い出す時にはその時の感情も一緒に思い出すため、何故捨てた???と思ってしまうのです。
しかも、クリーンセンターって、、
自分の頑張りを完全にゴミにしたのです。


ギターに関してはその物自体は捨てても良かったとは思うのですが、元夫の持ち物を私がコントロールしてしまった事が何か引きずっています。
私が過ごしたい部屋に向かうため元夫にもお願いし、それでも元夫の部屋は沢山物も飾られていたので、一部の整理はそんな悪い事ではないと思っていました。

しかし離婚が決まった時その小さなコントロールが自分の傲慢に思えてしまい、、
特にギターの処分は相手をコントロールしようとした象徴に思えてしまったのです。それが離婚の引き金になった訳でもないですが、相手にとって私の嫌な部分なのでは?と思える存在となってしまいました。

物が大きかったら余計にそう思うのかもしれません。

気持ちに折り合いをつけるには

処分して良かったと思える事を、沢山並べます。
紙に書き出すとまでは言わないですが、その時処分したかった気持ちを思い出します。

・置いてる場所にだってローンがかかってたし
・スペースができて見た目もスッキリ
・トロフィーの箱の見た目にも困ってたし
・カビても嫌だし
・ギターだって大きくて邪魔だった
・どっちも開けることはほぼないし
・そもそも、もて余してたギターで離婚なわけない

実際に、トロフィーもギターも無くても問題ないものです。もしかしたら今もあったら同じ行動をするかもしれません。

そんな事を思い、折り合いをつけています。


まとめ

断捨離した物に対して言い聞かせて納得させるのが断捨離の本質とは違う気もしますが、どうしても思い出してしまう物もあります。
折り合いをつけるなんて、そもそも断捨離してはいけなかった物じゃない?となりそうですが、もう無いものは無い。
しかも【感情】【思い出】みたいなものが入ってると、物にも念が籠ってる様で、捨てにくいですよね。

ただいつも思うのが
人でも物でも縁がないものは、どれだけ身を削っても結局は縁がないと言うこと。

部屋の中が納得するまで整った時、捨ててしまったモヤモヤを思い出す事は無くなるんじゃないか?
そう思っているので、春からもゆるーく断捨離続けいきます。

長々とお読みくださりありがとうございました。